和歌山市視覚障害者福祉協会機関誌「白い杖」第36号
● 白 い 杖 第36号 平成20年3月発行 和歌山市視覚障害者福祉協会 和歌山市神前285−16 目次 巻頭言 この2年間の総括 和視協この1年 女性部活動を振り返って お知らせ 1 俳句・川柳を楽しみましょう 2 「ヘルプミーの小幡の会」って知ってますか? 3 点字印刷のご用命を 会員コーナー 舌鼓(紀伊分会:尾家章夫) 我が家の息子達(途夢太郎) ボランティア(河北分会:南部照明) 一期一会の不思議な体験(新光分会:畠中志津子) 不思議な本箱物語(東和分会:北山豊) 和視協お楽しみ懸賞クイズ 編集後記 巻 頭 言 会長 畠中 常男 季節は巡り、平成20年の春を迎えました。 会長職を拝命してはや2年。皆様方のご理解とご助力を支えに任期を終えることができますことを、まず感謝申し上げます。 任期中、私ども視覚障害者を取り巻く社会環境の変化はめまぐるしく、その対応に汲々とする日々の連続であり、数ある課題の内、改善可能なものから取り組んだため、残念ながら実現を見なかった課題も多くあります。 4月からは新執行部体制となるわけでありますが、現執行部が切り開いた業績を拡大しつつ、積み残したものについては、できることから着実に引き続き努力を重ねていただくよう祈念する次第です。 会発展の鍵は会を構成する皆様一人一人の手の中にあります。今こそ和視協に会員の総力を結集し、明日の輝かしい視覚障害者の生活と福祉向上に向けて突き進んでいただくようお願い申し上げ、巻頭言といたします。 立春や土の香高き野菜売り (俊恵) 春立ちて米一粒の柔陽射す (つむ代) 寒稽古一気に攻める突きと蹴り (孝雄) この2年間の総括 会長 畠中常男 巻頭言でも申し上げましたが、この2年間の任期中、数ある課題の内、改善可能なものから取り組んでまいりました。 その結果、実現を見たものがいくつかある反面、積み残しとなった案件も多くありますので、少し紙面を拝借して、この2年間の総括をしたいと存じます。 まずは成果の上がったものからご報告いたします。 1 視覚障害者を取り巻く情報環境の改善 まずは私ども視覚障害者を取り巻く情報環境の改善、特に当会における情報の流通改善であります。 @点字の普及拡大 点字プリンタを導入し、会の連絡事務や必要な文書を、我々の文字である点字で速やかに印刷発行してお届けすることができるようになりました。 ちなみに、今お読みいただいております当会機関誌「白い杖」点字版についても、導入した点字プリンタで印刷されたものでありますし、ふれ愛センター4階のハートフルや、市役所14階の食堂に点字メニューを配置するなど、大いに活用いたしております。また、市役所から送られてくる文書の一部に、点字が添えられるようになったり、市議会議員選挙の選挙公報の要約が、次回の選挙から点字もしくは音訳版として提供される確約を市の選管よりいただいております。 A音声化の充実 朗読ボランティア和歌山グループ声の方々のご助力の下、以前よりお願いいたしております「声のニュース和歌山」などに加え、会から皆様へ向けての連絡文を収録したカセットテープ「声の和視協からのお知らせ」や、機関誌「白い杖」のテープ版発行を実現することができました。また、市の発行する防災マップや、バリアフリー・マップの音訳も実現しました。 B電子メディアの活用 会員の方々の情報リテラシーの向上と相まって、当会のホームページや電子メールを活用して、より迅速な情報の流通が実現しつつあります。また、今お読みいただいております機関誌「白い杖」を前号から電子メールを活用して一部発行することにより、点字・音訳に加え、新たな情報発信の手段が加わりました。 2 女性部活動の再開 諸般の事情により、一時休部状態となっておりました和視協女性部の活動でありますが、女性会員の皆様のご努力により、昨年1月より再開することができました。県下において最大組織であり、また、常に指導的な位置を占める和視協女性部の活動再開は、県視協女性部でも、たいへんな期待と好感を持って受け入れられました。 今後ますますのご発展と充実を、祈念申し上げます。 3 会員数の増加 一昨年4月の時点で、一時90名となっておりました和視協の会員数でありますが、皆様方のご理解とご協力の下現在109名とやや増加傾向にあります。 しかしながら和歌山市在住の視覚障害者の総数が、1400名を上回ると聞いておりますので、その組織率は1割にも至っておりませんし、特に若年層の参加がたいへん少なく深刻です。 御承知のように、現在私ども視覚障害者を取り巻く社会環境は決して楽観視できるものではありません。 皆様方から一層のご理解とご協力をいただくことはもとより、当和視協の存在と活動を広く社会にアピールし、組織率の強化を図るとともに、団結をより強固なものにしてまいらねばなりません。 4 年間行事の充実 点字教室や福祉学習会、また、社会見学や文化研修会などと、毎年行っております和視協の行事でありますが、それらに加え今年度より新たに2回の「教養講座」を実施し、より充実を図り、出席者の増加を見ました。特に社会見学では、昨年度の「手延べそうめん作り体験」や、今年度の「天満天神繁昌亭における落語鑑賞会」を始め、たいへん好評をいただき、多くの方々のご参加を得ました。限られた予算の範囲ではありますが、会員の皆様方のニーズに即した事業の実施を図ることこそ、会発展の推進力であると信じます。 以上成果の出たものにつき述べてまいりましたが、残念ながら今後への課題として積み残したものも少なくはありません。 国の財政はもとより、地方財政、特に当和歌山市においては深刻であり、昨年末の市身連懇親会において大橋市長に直接私どもの窮状をお話しいたしたのですが、「目下当市の財政は、再建団体になるか否かの状態にあり、財政措置を伴う施策については実施困難である」とのお答えでした。 こう言った状況下ではありますが、当会からの要望事項の二つの柱であります、 @外出支援・家事援助の改善 A日常生活用具・補装具の給付拡大 については、引き続きねばり強く訴えてまいりたいと考えております。 最後に、会員の皆様方のご健康とご多幸、それから和視協のますますの繁栄を祈念いたすとともに、この2年間への絶大なるご支援に感謝を申し上げ、総括といたします。 和視協この1年 書記 澤田 留司 会員の皆さんいかがお過ごしでしょうか? 早いもので前号からいつのまにか1年がたってしまいました。 しかし、私が思うに和視協のこの2・3年というもの、変化の速さはそんなものではないと思うのです。まるで、大化の改新と明治維新がいっしょにきてしまったような、そんなスピード感あふれた、大変化を感じています。 一気に和視協の中身が充実し、近代化されそして、何処にも負けないような福祉団体になったのではないでしょうか・・・! そこで、その一端を是非皆さんにもお知らせしなければと思い今回は、今までより、より詳しく書いてみることにしました。 そんなわけで、少々長くなってしまいましたが、最後までお付き合いくださいますようお願いします。 本当のところの、忙しさはこんなものではないということも、是非お忘れなく! 平成19年 ◎ 4月1日 和視協平成19年度定期総会 ふれ愛センター3階研修室2 開会 午後1時30分 出席者46名 委任状30 来賓は、市長名代の小松障害福祉課長・中西市社協会長、 祝電は、貴志市議会議長 の各氏。 おおむね執行部案どおり承認された。 ◎ 4月15日 女性部のレクリエーション 和歌山公園 参加者27名 ◎ 4月22日 和視協執行部会・理事会・市身連代議員総会 ふれ愛センターにおいて、10時より執行部会、11時より理事会、13時30分より市身連代議員総会。 市身連代議員総会では、市議選において点字・テープでの選挙公報が無いことを訴え、選管に作成してくれるよう他団体にも協力を要請した。 ◎ 5月13日 市身連福祉大会 バスにて大阪のUSJへ行く、当会からの参加者は付添を含めて39名。 ◎ 5月15日 市身連第1回理事会 ふれ愛センター 議題は、19年度行事日程・福祉対策協議会について他。 ◎ 5月16日 5月11日に岩手県で開催された、日本身体障害者連盟福祉大会において、山嵜景生氏が連盟会長賞を受賞されたとの報有り。 ◎ 6月3日 女性部行事 卓球教室 和歌山市ふれ愛センター1階訓練室 午後1時30分 参加者15名 ◎ 6月6日 点字版・テープ版の「福祉のしおり」を会員に向け発送 ◎ 6月10日 午前10時より、県身連会館にて県身連評議員会。午後1時よりふれ愛センターにおいて、拡大読書機の展示とその説明会、続いて盲学校の松下美和子先生をお迎えして点字教室を開催。出席者、約30名。 ◎ 7月1日 県身連会館において県視協部会委員会出席 ◎ 7月6日 会長がグループ声の例会に出席し、1時間弱懇談。 ◎ 7月13日 15日の福祉学習会台風4号接近で、相当な悪天候が予想されるため中止とし、日を改めて開催することに決定。 ◎ 7月25日 ふれ愛センターにて、市福祉課と市身連執行部との話し合い。和視協からは、会長と山嵜副会長が出席。 内容は、市身連の事務を連盟自体に移管したいとのこと。和視協としては、歴史的な経緯もあり、現状を維持すべきと発言。 ◎ 7月29日 平成19年度市身連市長杯争奪将棋大会 名人級で、大取秀雄氏優勝。 団体戦は、各チーム1勝1敗であったため、振り駒にて聴覚障害者協会チームが優勝。和視協は3位。 ◎ 8月3日 市身連理事会 午後6時より、ふれ愛センターにて。 和歌山市福祉対策協議会・第1回教育講座などにつき討議 ◎ 8月26日 和視協第2回理事会 19年度後半の事業などにつき討議 女性部行事 料理教室 ふれ愛センター2階調理室 参加者25名 ◎ 8月31日 市身連主催 和歌山市福祉対策競技会 和視協からの要望については以下の通り 要望1 在宅での、日々の生活に欠くことのできないガイドヘルパーおよび、ホームヘルパー派遣サービスの改善を図られたい。 要望2 市議会議員選挙における選挙公報もしくは、候補者名簿の点字および音声媒体での配布を願う。 要望3 障害者に対する、災害時の対応の充実を図られたい。 この内、要望2について、市選管より次回の市議選から点字もしくはテープでの候補者名簿を出すとの回答あり。 ◎ 9月2日 紀ノ川市で行われた、 県身連福祉大会に参加。礎賞に、山嵜景生氏受賞。当会からの参加者は18名。 ◎ 9月9日 和視協第1回教養講座および福祉学習会 ふれ愛センター3階研修室2 午後1時30分より 出席43名 1部 盲学校の校長先生をお招きし「これからの特別支援学校について」の講演 2部 新しい携帯電話について ドコモショップ 3部 最新の福祉機器について テクノメイトの展示と説明 ◎ 9月20日 日身連近畿ブロック福祉大会に、山嵜副会長が参加。 ◎ 9月23日 県身連会館で県視協俳句大会 ◎ 10月8日 あいあいセンターにおいて、午後1時30分より市身連教育講座。和歌山地裁所長によ「る裁判員制度について」の講演。当会からの参加者、約20名。 ◎ 10月21日 社会見学。参加者が多かったので、福祉バス班と、電車班の2班に別れ天馬天神繁昌亭に落語を聴きに行く。欠席者・事故無く、おおむね好評。 ◎ 11月9日 市福祉大会へ出席。山崎昇平氏が市長表彰、唐門一馬氏・幸前勇氏が社協会長表彰受賞。 ◎ 11月11日 県視協研修会(御坊市)へ、福祉バスを利用して出席。出席者14名。 内容 @「NPO法人とは」 県NPOサポートセンター A「市町村地域生活支援事業の現状と県の役割」 県障害福祉課 ◎ 11月23日 ふれ愛センター4階のハートフルへ、点字のメニューを届ける。 ◎ 11月30日 グループ声との年間契約更新。 市役所食堂のメニューを、障害福祉課へ届ける。 ◎ 12月2日 午後1時30分より、ふれ愛センター4階大会議室において和視協文化研修会。 1部 文芸発表会 2部 坂井法子氏他による邦楽演奏会 出席者 約60名 ◎ 12月4日 県庁において、当会の山崎昇平氏が県チャレンジド賞を受賞 ◎ 12月9日 市役所にて、市長表彰 東克巳氏が受賞。 市身連理事会および幹部研修会に出席。場所はアバローム紀の国平成19年度第2回教育講座・平成20年度事業計画などにつき討議 ◎ 12月23日 女性部行事 生け花教室と交流会 ふれ愛センター1階 午後1時30分より 参加者19名 平成20年 ◎ 1月4日 市身連より 市長・市議会議長・社会保険局長に年始挨拶。当会からは会長と山嵜副会長が出席。 ◎ 1月20日 午後1時30分より、ふれ愛センター3階研修室2において、和視協幹部研修会。 内容は、「視覚障害者を取り巻く情報環境について」と題してのパネルディスカッション。参加者は23名 パネリストに宮本・松下・山本・北口・幸前の各氏 ◎ 1月26,27日 白浜町で行われた県身連主催の幹部研修会に、本会から4名出席。 ◎ 1月27日 女性部行事 編み物教室 ふれ愛センター3階研修室2 午後1時30分 参加者12名 ◎ 2月3日 午後1時30分より、ふれ愛センター3階研修室2において、和視協第2回教養講座。 新しい日常生活用具、ものしりトークとガス安全器具シーサーの紹介と説明会。終了後、執行部会。 ◎ 2月17日 ふれ愛センターで行われた、市身連の第2回教育講座に参加。 ◎ 3月9日 最終理事会 ふれ愛センター 午後1時30分より。 ◎ 3月16日 女性部行事 講演会と女性部総会 ふれ愛センター 午後1時30分より ◎ 3月25日 市身連の最終理事会に出席。 次に平成19年度より入会された方々は以下の11名です。 河西分会 坂井勉さん 坂井法子さん 紀伊分会 葉華さん 尾家章夫さん 峯高行さん 和歌浦分会 西中利明さん 西中(旧姓:土本)洋子さん 簑嶋一喜さん 竹田真宏さん 嶋田君子さん 新宮正人さん 最後に訃報です。 平成19年6月 紀伊分会の中井定六さんがお亡くなりになりました、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 最後までお付き合いいただいてありがとうございました。 それでは、次号はだれが担当になるかわかりませんが、それまで元気でお過ごしされますよう、心より願っています。 女性部活動を振り返って 女性部長 寺本 津規子 これまで、全く女性部の行事に参加したことのない私が、部長をお引き受けして10ヶ月が過ぎました。とは言っても、部長とは名ばかりで、他の役員の方にほとんどの仕事をお願いしているというのが実情です。この原稿を書くのぐらいはしなければと思ながら締め切りが過ぎてしまいました。お許しをいただき、これまでの女性部の活動を遅ればせながら、書かせていただいているというしだいです。 4月和歌山城公園に集合してさわやかな春の日差しのなかで各自持ってきたお弁当をひろげて、おしゃべりをしながらのひと時を楽しみ、御橋廊下を渡ったり、紅葉渓庭園の周辺を少しだけ歩きました。雨にならないと良いけれどと心配しましたが、第1回目の行事は付き添いを含め27名の参加で、無事に終わりました。 6月には、北口副会長に講師をお願いして、卓球教室を行いました。みなさん積極的にラケットをもって卓球台の前へ進み、体験してくださいました。日ごろ見たことのないやる気満々の姿に別人ではないかと思うほどの方も居て、ちょっとビックリしました。会員13名、賛助会員2名とちょっといい汗をかきました。 猛暑の続いた8月の末の料理教室では、夏バテ防止のうなぎをのせた簡単ちらし寿司、火を使わずに安全と手軽さを考えて電子レンジを使った茹でナスの梅ソース和えとちらし寿司の上に乗せる、錦糸卵を作ってみました。ガイドヘルプのみなさんにいつも助けていただいていますが、この日も、手際良いサポートによって、配膳、後片付け、残った材料も、あみだくじで分けて、土しょうがをもらった人、会員さんが漬けた、ぬか漬けが当たった人など、最後の最後まで楽しく進めることが出来ました。我が家の炊飯器まで持ち込んで、32食分を作りましたが、ご飯がうまく炊けず、試食してくださった男性のみなさんごめんなさい。 11月に第36回盲女性家庭生活訓練事業が白浜町中央公民館で開催され、白浜はまゆう病院医師、松尾晃次先生の「健康について」の講演を聞きました。和歌山市からは畠中会長にもお骨折りいただき、福祉バスを使って付き添いを含め22名と多くの方に参加してもらうことが出来ました。帰りの予定のコースに、とれとれ市場も入れていましたので、みなさんそれぞれにお土産ショッピングも楽しんでいただいたようです。 12月23日のいけばな教室は、青竹のなかにオアシスを入れてお正月花をアレンジメントでいけました。教室のあとは、毎回恒例のティータイムとクリスマス気分でプレゼント交換、当たった品物の包みを開けて見せ合い、年末最後の行事を終わりました。 新年最初の行事、編み物教室は、ゆび編みマフラーに挑戦しましたが、カギ針や棒針で編み物の経験のある人も指が入るようなほどよい編み目を作っていくのが結構難しくて、2時間で編み上がる予定でしたが残念ながら、未完成のままのお持ち帰りとなってしまいました。この企画は良くなかったかなーと少し気持ちが落ち込みかけていましたが、「私ら何もようせんけど」と言いながら、毎回タクシーでお二人仲良く連れ立ってきてくださる米崎さんと真鍋さん、その日も12時一番乗りで待っていてくださり、終了の時間まで、とても楽しそうにおしゃべりをしながら、一緒に過ごしてくださったお姿を見て、「内容はともあれ、集まれる機会を作れたことに意味があるのだ」と気を持ち直して、家に帰りました。 年度末までの行事も、残すところわずかとなりましたが、1年の行事を通して、経験したことをベースに、来年度の女性部の活動に多くの方に参加していただけるよう、また、若い会員さんをお誘いできるように、みなさんとともに活動させていただきたいと思っています。 課題 「笑う」 三秒後落ちがわかって苦笑い (孝雄) 苦も楽も笑って語る母八十路 (志津子) ギャグ駄洒落愛想笑いに気付かない (照明) 補装具及び日常生活用具についての豆知識 補装具の定義 次の3つの要件を全て満たすもの。 @身体の欠損又は損なわれた身体機能を補完、代替するもので、障害個別に対して設計・加工されたもの。 A身体に装着(装用)して日常生活又は同一製品を継続して使用するもの。 B給付に際して専門的な知見(医師の判定書又は意見書)を要するもの。 日常生活用具の定義 次の3つの要件をすべて満たすもの @安全かつ容易に使用できるもので、実用性が認められるもの。 A日常生活上の困難を改善し、自立を支援し社会参加を促進するもの。 B政策や改良、開発に当たって、障害に関する専門的な知識や技術を要するもので、日常生活品として一般的に普及していないもの。 備 考 1.実際の価格が基準額以下の場合は、その額の1割とする。 ただし、1月当たりの負担上減額を申請者の世帯の所得水準に応じて次の通りを定める。 ア生活保護世帯 0円 イ市町村民税非課税世帯(本人の収入が80万円以下) 15,000円 ウ市町村民税非課税世帯(ア及びイ以外) 24,600円 エ市町村民税課税世帯 37,200円 2.実際の価格が基準額を超える場合は、備考1により算定した額にその超過額を加算した額とする。 3.※1の点字図書(情報・意思疎通支援用具)については、備考1及び備考2にかかわらず既存の墨字図書の価格を受給者負担額とする。 4.この表に掲げるもののほか、市長が給付することを特に必要と認めたものについては、別に基準額を定めるものとする。 日常生活用具の給付一覧(視覚障害者対象品目抜粋) 自立生活支援用具 T字状・棒状のつえ 3,150円 火災警報器 15,500円 自動消火器 28,700円 電磁調理器 41,000円 歩行時間延長信号機用小型送信機 7,000円 在宅療養等支援用具 盲人用体温計(音声式) 9,000円 盲人用体重計 18,000円 情報・意思疎通支援用具 情報・通信支援用具 100,000円 点字ディスプレイ 383,500円 点字機 10,400円 点字タイプライター 63,100円 視覚障害者用ポータブルレコーダー 85,000円 視覚障害者用活字文書読み上げ装置 99,800円 視覚障害者用拡大読書器 198,000円 盲人用時計 13,300円 点字図書 ※1 視覚障害者用補装具 盲人安全杖(白杖) 義眼 眼鏡(矯正眼鏡・遮光眼鏡・コンタクトレンズ・弱視眼鏡) 課題 「春」 春うらら暁覚えた猫の声 (一歩) プルプルの春を一気に躍り食い (途夢太郎) 卒業を前に控えて風光る (薫) お 知 ら せ 1 俳句・川柳を楽しみましょう 本会には川柳愛好会の「ドングリ」と俳句愛好会の「若竹」という文芸サークルがあり、川柳は三宅保州先生を講師に、俳句は渡辺町子先生を講師に各月毎に会員が投句し、その1句ずつの評や添削をいただき、年に1度句会を開いて直接先生からご指導を受けております。 本機関誌の囲み欄に掲載しているのもほとんどがサークル院の力作です。 俳句も川柳もその歴史は古く、同じ17文字の短詞形文学ですが、季語を詠み込み主に風景や自然を対象にして文語体で作られる俳句に対し、人間を対象に世の中の諷刺やユーモア・皮肉・時事などを詠み込み、分かり易い口語体で作る川柳。それぞれに味わい深いものがあります。 上手下手?「そんなのかんけいねえ!」です。ご興味のある方は、是非、一緒に楽しみましょう。「私でもできるかな」と思った方は北口までご連絡ください。 2 「ヘルプミーの小幡の会」って知ってますか? 皆さんは1人で道を歩いていて迷ったり困ったりしたことはありませんか? 一人歩きの視障者や高齢者が道や駅などで困った時に何方かの助けをスムーズに借りれるように自分の意思表示を周りの人にできるための小幡を作成している「ヘルプミーの小幡の会」という市民団体が東京で活動しています。 これは、26センチ×34センチの黄色の旗に「手を貸していただけませんか」 「タクシー!」 「すみません」 「横断中」 の4種類のメッセージを黒字で書いたもので、 困った時にそれを掲げるなどして提示するものです。 希望者に1本1千円程度で配布しているとのことです。 問い合わせは、рO3−3303−8003 三浦さんまで。 3 点字印刷のご用命を 本会では、一昨年5月、理事会の承認の上、会専用の点字プリンターを導入し、会員各位への連絡文や各行事での資料作成などに活用しております。もちろん、この「白い杖」も同様です。 そこで、個人的な本の依頼や各種行事の点字資料などの印刷に可能な限りご協力させていただくことになりました。 以下、点字印刷をお引き受けする条件です。 実際の運用上、機器の消耗費と用紙代、それに操作をする者の手数料が生じますので、実費を頂戴することとなりますこと、 また、今後の運用状況によっては、お引き受けする条件を変更することがありますことをご承知おき下さい。 また、これにより得た収入は、会の一般会計の雑収入として組み入れるものです。 なお、詳細については、北口(電話445−6851)まで お問い合わせ下さい。 1 印刷方式 18行両面印刷固定 2 印刷費用 文字数にかかわらず、用紙代込みで、1枚当た り10円。但し、会員の方からのご依頼の場合は、1枚当 たり6円とします。 3 印刷用原盤ファイル作成の費用 1ページ当たり1千円 但し会員の方からのご依頼の場合は、1ページ当たり5百 円とします。 なお、書籍類などの長文のものの点訳は、点訳グループ「ミチシルベ」等に依頼願い、当分は印刷業務のみのご用命とさせてください。 野地蔵に風気まぐれにこぼれ萩 (俊恵) 処暑過ぎて病む友に折る千羽鶴 (和郎) 去年より背を丸くして栗を剥く (孝雄) 野仏の膝ほっこりと青蜜柑 (留司) 絹雨の墨絵の里や鳥威し (留司) 会員コーナー 舌 鼓 紀伊分会 尾家 章夫 「お母さん、これ何?」 「食べたら分ります!」 「そんな言い方は・・・!」と口ごもりながら箸を伸ばす。 こんな会話から毎度の食事が始まる。 以前であれば、そんな言い方はないだろう、なんて言葉を返して、険悪なムードになり、その後は砂をかむようなおもいの、食事となったものである。食卓の上の器に盛られた料理の判別がつきにくくなったいま、食べる方としては何が並んでいるかを知りたいものである。ところが、家人はいちいち聞かれると、おかづの数の少なさを指摘されていると思うのか、反発してそういう言葉になるようである。今はお互いに歳をとり、そんな気力もなくしてしまったのか、いちいち互いの言葉に反応して、口喧嘩になることも少なくなった。 「食べたら分る」そう言われれば、なにも返す言葉もない。 ただ、味や食感から何を食べているかを当てるのは、それほど容易ではないように思う。 以前まだ見えていた頃は料理は勿論、器なども目で見て、素材と味とか、どんな器に盛られているのか、などが分かったものだが、見えなくなった今、以前の料理と味の記憶も薄れてきており、また年をとったらそんな感覚も鈍ってくるだろうし、味や食感で素材や料理をあてるのは、それほど簡単ではない。 それに、口に入れてからこれは何かななどと、考えながらの食事はせっかくの料理もまずくなるし、なんと言っても楽しいはずの食事の雰囲気を台無しにしてしまいます。 ただ、魚料理などを食べるときはそうも行きません。以前だったら器の上で骨をより分けてから肉片を口に入れ、噛むうちに味を感じていたのが、今ではそれもままならず、先ず口に入れてから舌で探り、骨をより分けるという作業が必要となります。 先ず肉片を口に入れてから、舌先で骨を探り、そしてチョッと行儀が悪いですが、骨を指先でつまみ出してから、おもむろに噛み始めます。骨を取り除いた後の安堵感の中で、噛むうちに舌の味蕾(みらい)を刺激して旨味が口いっぱいに広がって、ああ・・・おいしい、と舌鼓を打つ。ということになります。 「舌鼓」(したつづみ)と言えば、大辞林では「美味しいものを味わった満足感を舌を鳴らして表す」とあります。 「舌鼓」語感から来る印象では、日本酒をちびりちびりやりながら、あてとして出された、先付けの珍味な品を箸先でつまみ、舌先に乗せ、噛むうちにその旨味がくちいっぱいに広がっていく。そして思わず美味い!。と舌を鳴らす。いくら美味しくても、肉などをガブリと口いっぱいに頬張って、もぐもぐ食べるといった感じではないように思うのですが。皆さんはいかがでしょうか・・・。 私たち視覚障害者にとっての「舌鼓」となると、美味しいことはもとより、更に魚の骨などを舌でより分けた達成感や、安堵感も加わった満足感ということになるのではないでしょうか・・。 従って、魚料理などの場合はいきおい舌鼓も大きくなろうというものです。 でも、なんと言っても、私はやはり骨をより分ける必要のない物がいいですね。同じ魚でもめざしやさんまの開きなどのように、頭からバリバリと噛み砕けるものとか、おにぎりやパンのように、そんなことが全く心配のないものの方が思い切りパクつけるし、口に入れたときから安心して味わえる、ところがいいですね。こうなると料理を味わうということは、味覚による美味しさもさることながら、食感や安心感も加わった、食の味というものがあるように思います。 先年、亡き兄の葬儀に帰郷したとき、近所の人たちの炊き出し料理を頂きました。それはおにぎりと野菜の煮付けと手作りのたくわんでしたが、大きな口をあけ、安心してパクつけたのがなによりでした。 又、それは兄と過ごした子供の頃の想い出が口いっぱいに広がる感じがして、いろいろな想いが入り混じった、むかし懐かしの味でした。そして、思わず、ああ・・・おいしいと、舌鼓を打ったものです。 我が家の息子達 途夢太郎 今年は子年。「ネズミ」と言えば、皆さんはどんなことを思い浮かべますか?「ネズミ捕り」「猫いらず」「おむすびコロリン」「ミッキーマウス」「ネズミ男」等々、いろいろでしょうね。 ご年輩の人は、「猫いらず」や針金でできたネズミを捕獲する「ネズミ捕り」に餌を仕掛けてそれに入ったネズミを篭ごと水中に漬けてネズミを殺したりしたことを想像されるでしょうか。 かく言う小生も子供の頃からご多分に漏れず貧乏長屋住まいだったので、芋や米などの大事な食料を夜な夜な人間が寝静まった頃にゴソゴソと失敬しに来るあの憎むべきギャング達には少なからず良い思い出がありません。 亡き母も大事にしていた一張羅をボロボロにされたり、雛人形の鼻をかじられたりして、えらく怒っていたことを憶えています。しかし、このネズミも七福神の大黒様の使者であったり、常にコツコツとお金(食物)をため込む習性から人間社会でも模範とされるような考え方もあるんですよね。 若い方ならディズニーランドの人気者のキャラクターミッキーマウスやアニメ鬼太郎の妖怪仲間のネズミ男かな?また、子供さんなら童話の「おむすびコロリン」とかトットコハムタロウでしょうか。 実は、このハムタロウの仲間が我が家にいます。 このアニメのモデルになったハムスターはゴールデンハムスターという種類の大きめのハムスターですが、我が家のはジャンガリアンハムスターといって、頭から尻尾まで10センチ足らず、体重30グラム程度と小さくてかわいい方です。 あの、朝青竜の古里モンゴルの砂漠などに住む砂ネズミの仲間です。 そのハムスターのペペとポコが我が家にやってきたのは、06年の夏。正確に言うとペペは7月の末、ポコは9月の末だったかと思います。 実はペペは2代目の子なんです。初代のペペは我が家に来て二晩で死んでしまったのです。生後2カ月のハムスターの赤ちゃんをホームセンターで買い求め、やっと少し慣れたと思った頃に死んでしまいました。我が家には子供がいないので、子供代わりにかわいがろうと思っていた矢先で、家人と2人で良い歳をして泣きました。 その遺骸を葬った帰りに2代目ペペを買いに行き、2人は元気になりました。 その2代目ペペも夏を無事に越し、秋になった頃にバーゲンのチラシを見ていた家人が、突然、「ペットフェアでハムスターが安くなってるう!」と叫び、「ペペも1人じゃ寂しいから、もう1人飼おう」をとか言って、ホームセンターに駆け込んで買ってきたのが480円のポコでした。 ハムスターというのは、ねずみ算という言葉もあるようにつがいで飼うとどんどん子供を産むというので、男の子に決めて、一緒に入れると喧嘩をするので別々のゲージに入れて飼っています。 私も子供の頃から生き物は好きでしたが、家人がそれほど生き物は好きではないと思っていたので、動物を飼うなどとは思いもしなかったのですが、ある時、家人が実家に帰って姪が彼氏に買ってもらったというハムスターを見てその愛らしさに虜になったようで、帰るなり「ゆうさん、ハムスター飼おうよ(あっ、ゆうさんというのは石原裕次郎でもハンカチ王子でもありませんよ、小生のことであります)」と言い出したのです。 ハムスターの存在は知っておりましたが、ネズミなどを飼うというのは冒頭にも触れたようにあまり良い思い出がないので、それに、チョロチョロ走り回って小生のように目の見えないものには手には負えないだろうと思ってなかなか乗り気になれなかったのですが、家人に押し切られてとりあえずペットショップに出向くことに。 店員のおねえさんにいろいろ尋ねてみました。 「噛みつかれることはないか」、「餌はどうするのか」、「寿命はどんなものか」等々。なにはともあれ、店のゲージから取り出して掌に載せてもらったらなんとも温かくフワフワした小さい動物で、なにかおどおどしたようにじっと掌に載っているではないですか。 その瞬間、捕まえていないとあっと言う間に逃げられてしまうのではと思っていた小生の心配は一気に吹き飛びました。 そんなことがあって数日後、初代ペペが我が家にやってきたのです。 同じハムスターでも性格は大違い、ペペは好奇心旺盛でちびのガサッポ、ポコは、暢気でおっとりしていてデブッチョです。 ペペは掌に載せても一時もじっとしておらず、腕に昇ってきたり、爪をかじりに来たり…。反面、ポコは、掌でじっとして首だけ動かしながら与えるヒマワリの種やチーズなどをぱくりとかぶりついてきて飲み込まずに喉の袋に蓄えます。この袋というのが面白く、人間で言えば肩から脇腹にまで及ぶような広い範囲に体内に袋があり、食べたものをとりあえずその中に貯めて置くのです。だから、人相というか体型が一変し、最初は驚きましたが、自然界では、フクロウなどの敵に見つからない内に必至で食料を調達してその袋にため込む習性があるのでしょうね。 また、自然界では寒い冬にはたくさん餌を食べ込んで冬眠するようですが、ペット化したハムスターは冬眠すると死んでしまうことが多いので、冬眠しないようにヒーターを入れてやるのです。古い靴下を巣に入れてやったり夏よりたくさん保温用に床材を入れてやったり、夜は布団を被せてやったりします。また、夏は夏で暑がりなので、グッタリしている時にはエアコンの部屋に入れてやったり、保冷剤を入れてやったりしています。寿命は、ジャンガリアンなら長くても3年とのことで、我が家の息子達も2度目の冬を迎えたことになるのですが、実はペペは昨年秋に夏ばてからか下痢が停まらず、ちびが見る間によけいにやせっぽっちになり、あれだけ元気だったのに食欲がなくなり、足取りもふらつくようになり、家人と2人「もうあかんやろねえ」と覚悟をした時季がありました。しかし、その内に下痢もだんだんと固くなり、うんちの色も黒くなってきて、得意のゲージの天井をぶら下がって移動する我が家ではウンテイと呼んでいる行動も頻繁にするようになり、徐々に元気を取り戻し、元通りの活発な子になりました。 ゲージに差し入れた手に乗ってくるペペは本当にかわいいです。ポコは用心深く前足だけ載せに来るのですが後ろ足まで載ろうとしないので、強引に捕まえると「チューチュー」と怒りますが、それもまたかわいいのです。家人などは朝起きてまずゲージを覗きに行き、朝食後は忙しいのにゲージから出して遊ばせ、出勤前に挨拶し、帰宅一番にゲージを覗きに行きます。「眠っている姿もかわいい、起きている時も彼らの表情や2本足で立ったり、顔を掻いたり、チーズを両手でもってかじったり、名前を呼んだら振り向く仕草などをユウサンに見せてやりたい」と言います。そのかわいい姿を携帯に取り込んで待ち受け画面にしたりもしているようです。 私は1日一緒ですが、彼らは昼間は爆睡していることが多いです。でも、時々ゲージに耳を寄せ、カサカサと音をさせて生きているかを確かめたり、少しでも彼らの行動がわかるようにゲージ内に付けた橋に鈴を付けて橋を渡ると鈴が鳴るように工夫したりして私なりに楽しんでいます。 この夏は3度目の夏、無事に越してくれるのだろうか。 こんな小さなペットに大の大人が二人して癒されている毎日です。 同じネズミに生まれても、毛嫌いされて殺鼠剤で殺されたり大学の研究所で人間どもの実験台にされたりするものもいれば、ネズミなのに猫可愛がりされるネズミもいたり、最近はパソコン脇でのさばっているやつまでいる時代で、ネズミの役目も大きく様変わりしたものですね。 最後に駄句を一つ。 毎日が時車繰る独楽鼠 研究所よりパソコン脇で胸を張る 納豆巻き黙して食ぶる節分会 (和郎) 引き寄せし堅き蕾やや春浅し (和代) 久々の春の陽射しに頬笑みぬ (道) ボランティア 河北分会 南部 照明 私は、感謝するというのは言葉の上でしか知らなかったように思います。それというのも、若い頃は視力もあったし、お世話もさせていただきましたが、それは当然見えるものがするものだと思っていたから、世話をしているという気持ちではありませんでした。 昭和53年に初めて点訳の方と懇談し、歌謡曲の歌詞を書いてもらった時に、メンバーの住所をもらったので、皆さんにお礼状を出したところ、何人かから返事が来てそれから友達のようなお付き合いをして今も続いています。その頃を境に大勢の方々との交流があり、まさかこの私が手引きをされるとは夢にも思いませんでした。世の中にはこんなにも心優しい人が多いのかとその温もりが伝わってきて心から「ありがとう」が言えるようになりました。そして和歌山へ来てからは、レッツわかやまにお世話になり、餅つきを何十年ぶりでしたり、筍掘り、芋掘り、カヌー体験、アドベンチャーワールドでは象やイルカに初めて触ったり、登山の時など3人がかりでサポートしてもらったりと書ききれないほどの体験もして、どれほど感謝しても言い過ぎではありません。 それで、何か世間にお返しできないかと老人ホームへ治療奉仕に行っています。本来ボランティアというのは、公表するものではありませんが、行きがかり上こうなりました。これとても兄の車の送迎がなければできません。 和視協に入って最初の2・3年は、どうなることかと思いましたが、今では入会して良かったです。それというのも、私の耳が遠いことと、初対面の人と話すのが苦手で、ほとんど会話がなかったけれど、年数が経つ内に皆さんとうち解けて今では公私ともに皆さんに良くしていただいてただただ感謝です。「情けは人のためならず」とは正にこのことかも知れません。どうぞ今後ともよろしくお願いします。 課題 「雨」 寄り道へ口実できたにわか雨 (照明) 雨降れど地の固まらぬことの増え (途夢太郎) スタートはあの軒下の雨宿り (一歩) 一期一会の不思議な体験 新光分会 畠中 志津子 平成19年の暑い夏の1日、私は少し変わった体験をしました。主人が、和歌山県立近代美術館で、「対話―見えない人と、見えにくい人と、見える人との美術館鑑賞ツアー」という催しがあるから参加しないかというのです。 私は知らない人とお話しするのは苦手なので付き添いのつもりで、一緒にゆくことにしました。 展覧会は、遊びが開く不思議な世界 藤本由紀夫[関係]と、身の回りの経験を造形化する杉山知子さんの作品とのコラボレーションとのことで、想像もつきません。 県立近代美術館に午後1時参加者全員合流とのことで私たちは美術館に直接いくことにしました。 皆さんに会ってびっくり、若い人ばかり、なんだか場違いで申し訳なく思いました。 主催者のDialog in the art museum代表 小出さんは、20歳代の女性、全国組織の会があり、和歌山でも試みたいと起ち上げたとのこと、「藤本由紀夫展にあわせて、視覚中心で観る人と、聴覚・触覚中心で感じとる人、両方の立場からの感じ方で芸術表現にふれ合い、人と芸術と、言葉で心で対話し、新しい発見に気づき合うコトを目的とします。」と、説明してくれました。 見える人の参加は、20歳から30歳までの男性3人と、女性1人、見えない人は、東京から芸術家風の36歳の男性と主人、見えにくい人は私、の計8人です。 県立近代美術館学芸員の奥村さんによるお話のあと、二人1組になり展示室での美術鑑賞です。 主人は、20歳の大学生さん、私は息子くらいの年の青年にそれぞれ案内をしてもらうこととなりました。 杉山知子さんの作品では、身の回りの経験を造形化するとのことで、説明してもらったのは、3色で出来た輪がそれぞれ並んだ絵が何枚も飾られており、幾何学的であったり、ランダムであったり、数が違ったりと、熱心に教えてくれます。 藤本由紀夫さんの作品には、ドアスコープの部品だけを取り出して広い展示室の中で覗きこむ物や、オルゴールをちょっと壊してねじをいくつも並べて展示してあり、ねじを巻くとそれぞれいびつな音がする物。 「ふだんとは別のルールで鳴らすと、音の不思議な秩序が現れます。」作家の藤本由紀夫さんはこのように日用品などを解体したり、組み合わせたりして作品を作りますと書いてありました。 いろいろ触れたり、体感できる作品がありました、特に私は、針金をあっちこっちに曲げ、上から強いライトを当てている作品の説明をしてもらい、その影がコーヒーカップと受け皿に見えることを知り一人では味わえない作品鑑賞ができました。 予定の2時間は早く感じられ、お茶を飲みながらの意見交換会も終わり、私たちは先に帰ることにしました。 別れ際にも、二人だけで大丈夫かといろいろ気遣ってくれます、どうも有り難うございました。 私にとっての不思議な体験は、暑い日盛りにでたとたん夢から覚めた気がしました。 今度、皆さんと道ですれ違っても私にはわからないので、あの日は一期一会の出会いだったのかなと思います。 春の陽の匂ひをたたむ濯ぎもの (俊恵) うららなる日の無きままに夏日来し (ツム代) 盆踊り聞こゆる部屋に座を移す 不思議な本箱物語 東和分会 北山 豊 私の家に高さ148センチ、横93センチ、奥行き40センチの本箱があります。この本箱がこの物語の主人公です。この本箱が何故不思議なるかは後ほど記すとして、まず中身を紹介しましょう。上の段は私が小学1年生から6年生までの思い出を蘇らせてくれる諸々の本や資料がギッシリ詰まっている場所です。 私が小学1年生に入ったのは昭和10年です。まだまだ日本にはあちこち平和の面影が感じさせられる頃でした。まずこの欄の左端には小学1年生から6年生までの小学唱歌の教科書があります。小学唱歌の1ページ目には、70歳以上の方ならご存じの「白地に赤く」で始まる日本国旗の歌があります。 私も時々このテープを出しては聴くのですが、小学1年生を約50名の男女が小さな口を開けてかわいらしく歌ったものです。 私たちの小学生時代は、3年生までは男女共学で、4年生からは男女それぞれに別れます。その別れる時に、男女合わせて歌ったのが「春の小川」今でもこの歌を聴くとあの頃の様子がはっきりと頭の中に浮かんできます。これも私はこの本箱の御陰だと思っています。また、私たちの小学生時代の思い出として忘れられないのが「少年クラブ」という雑誌が多く読まれていたことです。ただ、毎月発行されるこの雑誌が、1冊50銭という値段がとても高く感じられ、みんなの手に入るものではありませんでした。勿論私も正月のお年玉から買うぐらいで、友達と10銭ずつ出し合って買ったという苦い経験が今でもはっきりと憶えています。この本の人気は、何処にあったのかといえば、毎号掲載される「のらくろ」という漫画に大きな魅力を感じたものです。 町に棄てられていた小さい黒い子犬が犬の軍隊に入り、2等兵から連隊長まで出世するという物語です。 さて、私の本棚には先の小学唱歌に続いて昭和8年発行の「少年クラブ」新年号から12月号までずらり並んでおります。 また、その隣には先ほどの「のらくろ」の漫画が10冊セットで今でも元気なところを見せてます。 少し前の「点字毎日」の川柳に何方かの作品で「終戦日書架でのらくろ頭下げ」という1句がありましたが、我が家ののらくろも終戦の日には深く頭を下げています。 次ぎに2段目に移りたいと思いますが、この段には私の中学生から終戦までの思い出がこれもまたギッシリと詰まっています。 私は昭和16年小学校を卒業の後、中学に進級、昭和12年の日支事変の開戦に続いて昭和16年12月8日の太平洋戦争の勃発により世の中が一遍に戦時体制へと変わって行きます。そして私も中学校では、ほとんど勉強というものが無く、軍事教練と農家の手伝いに追われる毎日でした。そして昭和19年春、中学校を卒業と同時に尼崎市の軍事工場へと就職し、20年8月の終戦まで今から考えれば本当に苦しい生活を強いられてきました。 こうしたすさまじい記録や資料がこの本箱の2段目にギッシリと詰まっています。 まず本箱2段目左端には、昭和の記録という写真集と録音テープです。私はあまりこの当時のことを思い出したくありませんのでめったに聴きませんが、太平洋戦争開戦の詔書に始まり、東条首相の国民へのすさまじい演説、続いて真珠湾攻撃の大勝利と元気の良かったものから、我が国で初めての天皇陛下の終戦の玉音放送まで、私たちにとって忘れることのできない太平洋戦争5年間の記録が生々しく伝えられております。 なお、この他戦争の資料は、「太平洋戦争写真集大本営発表のすべて」、最も貴重な資料として昭和16年12月8日太平洋戦争勃発の日から終戦当日までの、主な読売新聞を集めた2冊セットもあります。 さて、最後の3段目には、私が趣味として集めた数々の本を紹介します。 まず、NHK放送開始80周年記念の本、日本映画百年史、「和歌山県の昭和史」、「昭和流行歌史」、「NHK紅白歌合戦(第1回から50回まで)の出演歌手とその曲名集」、「和歌山放送開局35年誌」、「日本国有鉄道記念誌」、「和歌山あの頃百年誌」等々。 以上簡単に本箱の中身を説明してきましたが、昭和60年頃から私はほとんど見えなくなり、現在持っている書物は、読むことができませんが、少年の頃には少年の頃の本を、それぞれの本や資料を触ることによって、頭の中にまざまざとまだはっきりと当時の事柄が思い出されます。正に私にとって不思議な本箱と言えます。 課題 「声」 声掛けて逃げる子供へそっと詫 (照明) 聞き飽きた偽物売って詫びる声 (一歩) 目尻下げ孫の泣き声酒のあて (孝雄) 年寄りはひそひそ声に反応し (章夫) どうちたの猫撫で声で犬撫でる (良和) 和視協お楽しみ懸賞クイズ 次の各問題で、後に上げる答えの選択肢の中から正しいと思うものの番号を選び、その合計の数を答えてください。正解者には豪華粗品を差し上げます。 なお、正解は直近の「和視協からのお知らせ」に掲載します。 応募は、書面(メールでも可)で、5月10日(必着)までに編集者 〒641-0013 和歌山市内原871−9 北口 豊 Eメール owlmail-from-tomtarotan@silver.plala.or.jpまで。 問1 和歌山放送ラジオなど全国9社が年末に開催している「ラジオチャリティーミュージックソン」では、寄せていただいたご浄財により我々のために音響式信号機を設置してくれているのは周知の通りですが、平成19年12月末の時点で、県下に設置されている音響式信号機は全部で何箇所か。 1. 65 2. 75 3. 85 4. 95 問2 平成20年3月末時点で、日本の総理大臣は誰。 5. 安倍晋三 6. 麻生太郎 7. 福田純一郎 8. 太田房江 9. 畠中常男 10. 福田康夫 問3 これ南海のしずめぞとなんりゅうこうがこころざし… これは、和歌山市歌の1節であるが、この歌は、日本の代表的な詩人の1人、新宮市出身の佐藤春夫の作詩によるものである。さて、この詩に曲を付けた多くの有名な童謡も手がけている作曲者は誰。 11.山田耕筰 12.滝廉太郎 13.古賀政男 14.小林亜星 15.車寅二郎 問4 昨年11月、日本宇宙開発機構が打ち上げた月探査ロケットの名前は何? 16.ひまわり 17.エンデバー 18.かぐや 19.まいひめ 20.てんにょ 問5 1960年にアメリカから食用に繁殖させるために日本に持ち帰り、それが各地の河川や湖で増え、日本の生態系を乱しているとされるブルーギルを最初に日本に持ち込んだのは誰? 21.佐藤栄作(元総理大臣) 22.石原慎太郎(現東京都知事) 23.天皇陛下 24.駿河学(元東大教授) 25.北口豊(現路上生活者) 問6 昨年の日本レコード大賞は、コブクロの「蕾」でしたが、この賞の第1回目の受賞者は誰? 26.舟木一夫 27.橋幸夫 28.美空ひばり 29.水原浩 30.氷川きよし 問7 和歌山電鉄貴志川線の貴志駅の駅長として、同社の業績アップに貢献している三毛猫の名前は何? 31.たま 32.ちゃこ 33.ジョン 34.ゴン 問8.匿名、実名にかかわらず、経済的な理由など様々な事情から親が育てられなくなった新生児を緊急避難的に引き取り、置き去りや殺害を防ぐのが目的の一つとされ、昨年春にオープンした熊本の慈恵病院の施設の名称を何という。 35.キューピーセンター 36.赤い靴の家 37.人形サロン 38.赤ちゃんポスト「コウノトリのゆりかご」 39.ベビーハッピーステーション「ポポロ」 40.ニコニコハウス 問9. 国の天然記念物で、国内唯一の飛べない鳥として知られ、沖縄本島北部のやんばる地域だけに生息し、トキ・ツシマヤマネコに次いで、環境省のレッドリストで、絶滅の恐れが最も高いグループに入れられた鳥はなに? 41.名古屋コウチン 42.白頭ワシ 43.ヤンバルクイナ 44.アカショウビン 45.イリオモテヤマネコ 問10. 昨年秋の和視協の社会見学の行き先は何処? 46.天橋立 47.エキスポランド 48.繁昌亭 49.ユニバーサルスタジオジャパン 短歌 宮原俊恵 吹雪舞う中を声掛け昇り行く迎えし母の七度世の墓 ナースらの明るき声に励まされ重き心が解けて流るる 編 集 後 記 今号も 機関誌「白い杖」(第36号)を最後までお読みいただきありがとうございました。会員の皆様方のご協力により、なんとか発刊することができ、スタッフ一同感謝いたしております。今回も、パソコン操作に不慣れな北口が編集を担当させていただきましたが、その作業も2回目ということで、少し慣れ、つまずきながらもスタッフの皆さんに支えられて無事発行にこぎ着けることができました。ご承知の通り、会員の減少や補助金の削減により、逼迫する会予算よりできるだけ支出を少なくするために今号も朗読グループ「声」の皆さんのご協力の下、テープ版の発行も可能となりました。活字版に関しては、スタッフ全員が点字使用者ということで、レイアウトや誤字のチェックがままならず、空白部にかわいいイラストなどを挿入したりしてそれなりのものが作れたらより良い機関誌になるのでしょうけれど、悲しいかなそれも適わず、ミスプリなどがあるかも知れませんが、読者の方々の寛大なお気持ちでお許しください。また、本誌の編集や内容について、ご希望やご意見があればスタッフまでお申し付けくださるようお願いして、編集後記といたします。 和歌山市視覚障害者福祉協会機関誌「白い杖」(通巻第36号) 発 行 平成20年3月 発 行 者 和歌山市視覚障害者福祉協会 編集責任者 畠中 常男 電話 472ー7872 〒640-8314 和歌山市神前285ー16 Eメール hatakenaka@jtw.zaq.ne.jp 編集スタッフ 畠中 常男 幸前 勇 澤田 留司 北口 豊 |